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外見と話す言語の「ミスマッチ」に固まる行動は、差別ではないとしたら何か

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フランス人の夫が日本語で店員さんに話しかけていても、ほとんどの場合店員さんは私の方を見て答えるという話をこちらの記事でしました。

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夫は日本に来たばかりの頃は差別されているかもしれないと悩んでいましたが、最近は考え方が変わったようです。今は差別ではないと言います。

 

見た目で判断することはどこでも誰でも多少はあるので仕方がないとしても、その人が日本語を話す(話さない)と分かったあとでも、どうしたらいいか分からず固まってしまうんです。

 

外見で判断してしまうことではなく、フリーズすることが夫は不思議で仕方がないそうです。なぜこういうことが起こるのかを夫婦で考えてみました。

 

「日本語喋ってるんだけど」 

まず、外見で話す言語を決めつけられることについて。

 

日本にいる外国人の中ではあるあるらしく、それを風刺した動画もあります。2014年のものなのでご存知の方もいるかもしれませんがこちらです。

 

観るお時間がない方もいらっしゃると思うので簡単にまとめます。

飲食店にいるアジア系1人と他が白人と黒人の5人グループ

 

店員さんはアジア系女性に日本語で話しかけるが、彼女は日本語が全く分からない。

 

ほかの4人は日本語が話せるため店員に日本語で説明するが、店員さんは状況がつかめないようで、変わらずアジア系女性に日本語で話しかける。

 

コントなので、「見た目が日本人に見える日本語を話せない人」も登場させて大げさに作ってありますが…。

 

日本語を話す「外国人に見える人」と日本語を話そうとしない、さらに見た目が「日本人風」でなければ生まれも育ちも日本だろうが外国人扱い・日本語が話せないだろうと思い込んでしまう、ということがテーマになっています。

 

同じことを経験したら差別だと感じる人もいるかもしれません。ちゃんと日本語でしゃべっていても相手にしてもらえないのだから、そうとる人がいても仕方がないと思います。

 

でも本当に差別なのでしょうか?もう一つ動画をご紹介します。

 

動画の意味を理解できない人たち

「日本語喋ってるんだけど」を観た日本人の反応をまとめた動画です。皆さん最初は何が問題なのかよく分かっていません。

 

外国人(に見える人)が日本語を流暢にしゃべっていることに注目し、そこを面白いと感じています。インタビュアーが質問を続けてヒントを与えることで少しずつ理解し始めている様子でした。

 

インタビューされている人の世代に偏りがありますし、何人に質問したのかなど詳しいことは分からないのですが、実際こんなものなんでしょうか?正直驚きました。

 

何を差別とするかは難しいところですが、上の2つの動画を見ると少なくとも差別意識(差別的な嫌悪感情)はなさそうです。

 

なのでフリーズするのは、意図的に無視しているわけではないんですよね。 

では何なのでしょうか?

 

枠組み重視・ルール重視のせい?

日本の学校は暗記やルールに従うことを教えるばかりで自分で頭を使って考えることをさせない。

 

そのため日本には色々な「ルール」や「枠」を作ってそれに従うことで、一つ一つのことを考えなくていいようになっている。

 

だから枠外のシチュエーションに遭遇すると脳みそがショートしてしまう。すると情報をうまく処理できずにシャットダウンして、その先うまく考えて対応することができないのだ。

 

と夫は言います。

 

この動画の中での「枠」=決めつけは「日本人とは違う見た目の人(白人や黒人)は外国からやってきた人で外国語を話し、日本人(風の見た目の人)は日本生まれ日本育ちで日本語を話す」ということ。(それが現状に合っているかは別として)

 

だから動画に登場する白人男性が生まれも育ちも千葉県だと言っているのに、インタビューされた方たちは「この外国人日本語が上手」としか思えないんですね。

 

枠を作ること自体は状況によっては必ずしも悪いことではありません。でも問題なのは決まった形に当てはまらないことがあったときに、起きた出来事の方を枠にはめようとしてしまうこと。

 

だから自分の知っている枠にマッチしないと、どうすればいいのか分からず固まってしまうんです。

 

今回はたまたま外国人や言語がテーマなっているため差別に結びつけてしまいがちですが、日頃おかしいなと思うことを「決まった形や枠にとらわれていて、その外の対応ができない」という観点で考えてみると説明がつくことが多いんです。

 

なのでこれは差別ではなく(そして無知や不慣れでもなく)、「考えて行動すること」よりも決まった形(枠)を優先してしまった結果ではないでしょうか。

 

おわりに

形や枠組みを優先して予想外のことがあったときに固まってしまう日本人を、本当に良く見かけてきたと夫は言います。

 

日本の教育は詰め込みばかりで、自分で考えることをさせないというのは昔から言われていることです。その日本の教育が関係しているのではないかと夫は言いますがどうでしょう。

 

こういうことは日本に限らずどこでも起こることですし、私は他にもっと何かあるような気がするのですが……。

 

本日も最後まで読んでいただきありがとうございました♪

 

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